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10分ほどでバスは終点の金瓜石に到着。「黄金博物園區」と記した門があり、きれいに整備された遊歩道が奥の方へと続いている。ここ金瓜石は九分と同様、日本時代から金山として栄えた街である。このあたりでは往時のたたずまいが保存されていると聞く。遊歩道を進むとチケット売り場。「因颱風来襲、本館暫時休館・・・」と書かれ、窓口が閉まっている。平渓線に続きここでもむなしく引き返すことになるのか、と奥の方の門を見ていると観光客が出入りしている。どうやら敷地には入ることができるらしい。
石柱の門を通り抜けると、まさに昔の日本の街並み。煉瓦塀に囲まれた木造の長屋(四連様日式宿舎)は、故郷の荒尾大牟田の石炭街を彷彿させる。しばらく進むと新築の木造の建物。警察署らしい。周りの雰囲気に合わせて木で作っているのだろう。12時を回っておなかがすいてきた。休園しているためか食堂が軒並みしまっている。さっきの九分で昼食をとっておけばよかったと後悔するが、後の祭り。次に行く端芳か基隆で食べることにしよう。
石段を登ると「太子賓館」。大正12年に台湾を行啓された摂政宮殿下(昭和天皇)をお迎えするために建てられた建物と聞く。(実際には金瓜石には行啓されなかった。)残念ながら今日は閉館しているため、門の外からの見学にとどめる。そばでは警官らしき人が犬と戯れている。平和な光景だ。
もうこのあたりで引き返そうかとも思ったが、なおも奥へと続く階段がある。登り切ると鉄道が敷いてある。これも金鉱の名残なのだろう。軌道の周りはきれいな遊歩道になっている。軌道に沿って進むと煉瓦と機械群が見えてきた。使い込まれた真っ黒な機械と朽ちた赤煉瓦の建物が、往時の繁栄と過ぎ去っていった年月の長さを物語っている。なおも進むと坑口跡。脇には博物館があるが例のごとく閉まっている。
渓流に橋が架かっている。水の流れてくるほうを向けば霧のかかった山。ふと頭をめぐらせると山肌に鳥居がたたずんでいる。日本時代の名残なのだろう。きびすを返して、鳥居のほうへと向かう。
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